三重県

伊賀・阿保城 かなり古くから使われた館跡か?

伊賀・阿保城




伊賀・阿保城(あおじょう)は、三重県伊賀市阿保にある丘城(平山城)で、標高は204m、比高は14mです。

阿保城は、第45代天皇「聖武天皇」(しょうむ-てんのう)が、平城京から伊勢に行幸した天平12年(740年)宿泊した場所とされ「安保頓宮」とも呼ばれます。
あの東大寺・大仏を建立したことでも知られる聖武天皇ですね。

その阿保頓宮跡が、阿保城として再利用されたと言うことになります。

戦国時代には、伊勢国司・北畠氏の重臣である阿保氏の本拠地であったことから、阿保城と言います。
または、岸田氏の居城とも伝わります。
このような伝承のときは、どちらが先かは分かりませんが、阿保氏・岸田氏、両方が入れ替わって居城としたのでしょう。

主郭の周囲には土塁が残っていると言います。





近くには、平城天皇の第1皇子である阿保親王陵もあります。
在原業平の父でもある阿保親王(あぼしんのう)と呼ばれた息速別命の墓(平安時代)とされ、伊勢では唯一の宮内庁所管の陵墓となっています。

新撰姓氏録によると、天皇が幼少である息速別命(いきはやわけのみこと)のために、伊賀国阿保村(三重県伊賀市阿保)に「宮室」を築いて、阿保村を封邑として授け、息速別命の子孫は764年に「阿保朝臣」姓を賜り、阿保氏と称したとあります。
阿保氏は伊賀国造の一族とも推定されています。

下記は伊賀・阿保城の登城口です。

伊賀・阿保城

1585年(天正13年)、大和郡山城主・筒井定次豊臣秀吉の命により、伊賀・上野城に国替えとなると、阿保城には重臣の岸田伯耆が3000石で入りました。

近鉄大阪線・青山町駅かせ徒歩約15分の距離です。

近くには、初瀬街道沿いは古い町並みになっており、延命地蔵尊などがありました。

延命地蔵尊

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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