神奈川県

相模・高木清秀屋敷 徳川家康も立ち寄った海老名の屋敷跡

高木清秀屋敷




高木清秀屋敷(たかぎきよひで-やしき)は、神奈川県海老名市中新田西屋敷にある平城(屋敷跡)になります。
最初の築城としては、1590年、小田原攻めのあと、徳川家康が関東入封して江戸城に入ると、家臣団も関東に移ります。
このとき、徳川十六神将に数えられる高木清秀(高木主水正清秀)は、相模・武蔵・上総に合計5000石を与えられました。
1594年、高齢を理由に、高木家の家督を3男・高城正次に譲ります。
このとき、高木清秀が隠居したのが海老名郷と言う事になります。





1610年、高木清秀は死去しますが、その後、1620年に、高木正次は、海老名・諏訪神社を建造しました。
トップ写真は諏訪神社になりますが、写真ではこの神社の後ろ側(地図では西側)一帯に、相模・高木清秀屋敷があったとされます。

江戸時代に入り、徳川家康は鷹狩りの際に2度にわたり、海老名の高木屋敷に立ち寄り、休憩した記録も残っています。

なお、江戸時代、海老名の地頭は大島氏で、東には大島屋敷が残っていた可能性もあるでしょう。

1623年、高木正次は、河内・丹南藩1万石の大名となり、相模を離れた模様です。

なお、愛知県安城市に、相模に移住する前の本拠地として高木城があり、安城の屋敷跡を高木清秀屋敷とするケースもあるようですので、混同しないように注意が必要です。

行き方・交通アクセスですが、小田急線・JR相模線の厚木駅から徒歩10分程の距離になります。
駐車場はありません。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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