大分県

安岐城 激戦が繰り広げられた田原氏の本拠

安岐城




豊後・安岐城(あきじょう)は、大分県国東市安岐町古城にある平城です。
最初の築城は飯塚城主・田原親幸が1394年~1428年頃に築城したとされています。
戦国時代になると、大友氏の一番の有力家臣が田原氏でした。
本丸には天守もあったと伝わるようです。

1578年、耳川の戦いでは、全軍の総指揮を、庶流の田原親賢がとっています。
しかし、大敗を喫し、本家の田原親宏は、豊後・府内城から出奔し、居城の安岐城に戻っています。
そして、秋月種実らと共謀して大友宗麟を討とうとしますが、病死したため、家督争いとなり、大友宗麟は子の大友親家を田原宗家に送り込み、田原家の家督を継がせようとしました。





そのため、田原親宏の養子・田原親貫は、毛利家などに援軍を求めたため、安岐城でも激戦になったとあります。
1580年、安岐城は陥落し、大友氏が支配するところとなりました。

豊臣秀吉によって大友義統が改易されたあとは、熊谷直盛(熊谷直陳)が15000石にて安岐城主になっています。

安岐城

このとき、近世城郭に改修されたようです。

なお、1600年、関ヶ原の戦いで、熊谷直陳に西軍に属し、大垣城を守っていましたが、内応により落城し熊谷直盛(熊谷直陳)も討たれています。

安岐城の場所ですが、下記の地図ポイント地点となります。
駐車場はありませんが、駐車禁止ではないようですので、短時間であれば道路沿いに止められるかと存じます。

安岐城への交通アクセス・行き方ですが、JR日豊本線・杵築駅からリムジンバスの大分空港線に乗り、終点の大分空港バス停にて下車して、徒歩20分くらいです。

田原親宏 田原親貫 とは
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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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