熊本県

本渡城とは 有明海を望む天草鎮尚や天草久種の本拠地

本渡城




本渡城(ほんどじょう)は、熊本県天草市本渡町にある標高76mほどの山城で、本戸城、本砥城とも書きます。
最初の築城はよくわかっていませんが、戦国時代の永禄年間(1558年~1569年)に、天草鎮種が築城(改修)して、河内浦城から移ったとされます。
天草氏は940年「藤原純友の乱」にて活躍した大蔵春実(大蔵春種?)の後裔で、大倉氏は大宰大監となり九州に赴きます。
そして、秋月氏や別府氏、高橋氏など分家が輩出されました。
天草大夫に任じられた一族が、やがて天草氏を称し、在地領主(国人衆)として勢力を誇るようになります。





戦国時代に入ると、天草氏は、肥後守護で、隈府城主の菊池武運に従っていましたが、宇土城主・宇土為光に敗れた菊池武運は肥前の有馬氏を頼って逃れます。
その後、隈府城に復帰する際に、天草氏らも協力したようですが、菊池氏は重臣らの下剋上によって衰退しました。

そのため、天草には、人吉城の相良義滋が侵攻し、天草の諸将は相良氏に降伏します。
これらの過程で、本渡城は整備されていったようです。

やがて、天草でも一族どうしの争いと申しましょうか、天草氏・志岐氏・上津浦氏と大矢野氏・栖本氏が対立します。
天草氏、志岐氏が有力になると、大矢野氏・上津浦氏・栖本氏も含めて天草五人衆として、天草にて割拠しました。
1569年から天草でもキリスト教の布教が始まると、ルイス・フロイスは「五人の殿のうちでももっとも重要な人物は天草殿」記載しています。
そんな中、天草鎮尚がキリスト教の洗礼を受ける際に、弟の天草刑部大輔と天草大和守が猛反対し、天草鎮尚の肥後・本渡城は攻撃を受けています。





島津義久が相良義陽と肥後に進出すると、阿蘇氏の甲斐宗運が迎え撃ちますが、天草鎮尚は相良氏の軍勢に加わっています。
その後、天草久種の代になると九州を手中に収めつつある島津義久に従いましたが、豊臣秀吉の九州攻めが始まります。
天草五人衆は、豊臣秀吉に臣従して本領を安堵されました。

本渡城

そして、佐々成政が肥後統治に失敗したあと、小西行長が宇土城に入ると、天草氏は小西家の傘下となったようです。
天草氏の知行は6785石とあります。
天草の諸将に宇土城の普請(工事)の命が下されると、独立意識が強かったのか、志岐鎮経と志岐諸経の親子が反発します。
そのため、天草久種・天草種元、大矢野種基、上津浦種直、栖本親高ら残りの天草五人衆も呼応し、1589年天草叛乱(天草国人一揆)となりました。
小西行長は、熊本城加藤清正水野勝成らの援軍を得て、これを平定し、本渡城も落城して、天草種元は討死したともされていますが、天草一族の多くが命を落としています。
客将として本渡城に入っていた赤井城主・木山正親も討死しました。(誤って家臣の槍にかかり討死したとも)
天草切支丹館の館内では、本渡の戦いに関する展示もありました。

本渡の戦い

以後、天草の国人は、小西行長の与力となり、朝鮮攻めや関ヶ原の戦いにも参加しました。
しかし、小西行長は石田三成に味方していたため、処刑となり、天草氏らは備前・岡山城小早川秀秋に預けられたと言います。

本渡城の本丸は、明徳寺の西にある山で、本丸には石祠があるそうです。
また、一の丸には、木山弾正の墓と本渡城主・天草伊豆守種之の碑もあると言います。
なお、二の丸跡にあるのが天草切支丹館と言う事ですが、見晴らしが良いため、こっちが本丸跡だとする説もあるようです。

天草氏は没落しましたが、庶流の一部は肥後・熊本藩などの藩士になっています。
しかし、天草四郎と称した若者が盟主に建てられ、島原の乱も発生しました。
天草・島原の乱では、本渡でも合戦になり、多数の死者が出たため、近くに殉教公園があります。





明徳寺は、島原の乱のあと、天領となった天草の名代官・鈴木重成が建てたものになります。

本渡城への交通アクセス・行き方ですが、熊本桜町バスターミナルーから快速バス「あまくさ号」にて「本渡バスセンター」降車(所要150分)、そしてタクシーで10分となります。
車の場合、天草切支丹館の無料駐車場を利用できますが、道路、狭く、一方通行の箇所もあります。
当方のオリジナル地図もカーナビ代わりにご活用頂けますと幸いです。

台風の通過もあり、あいにくの雨天となりましたので、天草切支丹館(天草キリシタン館)の見学に留めました。

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