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武蔵・網代城とは
武蔵・網代城(あじろ-じょう)は東京都あきる野市網代にある標高331m、比高160mほどの山城で別名はなし。
網代弁天山公園と貴志嶋神社に登城口がありハイキングコースになっているようだ。
ただ、この付近にしては珍しく、麓からだいぶ奥に入ったところに築かれている。
そのため、遠景撮影しても全容がつかめない為申し訳ない。
最初の築城は不明だが、新編武蔵風土記稿では小田原城の北条家臣・青木内記を武蔵・網代城主としている。
武蔵名勝図会では同じく北条家臣だが貴志氏を武蔵・網代城主と明記。
城山を境にした隣村には高尾氏が住んでいて、天正18年(1590年)八王子城の戦いにて討死した者もいたとされる。
いつも申し上げておりますが、このように歴史にて「諸説」色々とある場合には、だいたい全部正しいことが多々ある。
実際によく調べてみた結論から先に申し上げると、八王子城主・北条氏照が統治した頃には、青木氏、貴志氏、高尾氏が「輪番」で武蔵・網代城の守備を担当したようだ。
まず、青木内記だが2000石の重臣だったとも記載がある。
もし、2000石だったら北条家の家臣では本当に重臣クラスと言えるが、天正年間(1573年~1592年)頃にはいた武将らしい。
1590年、八王子城の戦いにて討死した武将に、一族と考えられる青木但馬守淨雲、青木与兵衛(青木与三郎)がいる。
貴志氏のほうは名前が少し珍しいこともありわかりやすい。
戦国時代には武蔵・滝山城の大石氏に仕え、滝山城に入った北条氏照に仕えた武将に貴志豊後守の子・貴志正成がいる。
貴志正成(きし まさなり)は武蔵国阿知免村、野辺村、栗木村、安松庄を領していた。
高尾氏は、武蔵・網代城の北に高尾神社などがあるのでその辺の領主だったのだろう。
高尾弥八郎・高尾弥九郎が武蔵・網代城を居城としたと言う伝承もあるようだ。
八王子城の戦いの際に高尾一族は慈眼寺にて籠城した。
その高尾一族の名は、高尾備前守・高尾助六の親子、高尾弥八郎、高尾弥九郎、高尾近江守。
そして、八王子城の戦いにて討死した武将に高尾備前、高尾弥八郎、高尾弥九郎の3人がいる。
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貴志嶋神社からは徒歩30分ほどで登れるらしい。
なお、伊豆・網代城もあるので混同しないように注意が必要。
武州南一揆との関係
武蔵・網代城は守ると言うよりは隠れる?と言う目的意識が高いような感じだと言うとわかりやすいか?
武蔵・滝山城のようにダイナミック差はないが、本丸がどこだかわかりにくい似た構造のため、戦国時代より少し古い南北朝時台~室町時代の造りのような印象を受ける。
1427年頃に発生していた武州南一揆で籠城するためにした城跡だとする指摘もあり、もちろん可能性はあるたろ否定はできないが、若干違うのかな?と感じる。
一揆と言う言葉が使われているが、農民が一揆をおこした百姓一揆ではなく、上杉禅秀の乱などで疲弊していた土豪が連合して自分たちで行動を起こすようになったと言うのが武州南一揆である。
要するに平山氏、梶原氏、小宮氏、師岡氏、川口氏、由比氏らがリーダー的存在となった連合に貴志氏、高尾氏、網野氏、私市氏、青木氏らも加わって室町幕府の指示通りに一部の年貢を収めることを辞めた(税金の支払いを辞めた)と言うのが主な行動だ。
よって、武州南一揆とはその構成員の総称であり、年貢をもらえなかった関東管領の上杉氏が書状などで「一揆」を起こされたと記載しているため、一揆と言う言葉が採用されているに過ぎないのだが、簡単に言えば「反対意見を言って立ち上がった」と言え「武州南の抵抗」と言う表現が適切か?
そのため、武州南一揆と呼ばれた土豪・国人らは自分たちの考えで税金の一部を納めなかったが、山内上杉氏と扇谷上杉氏で合戦になればどちらかに属して転戦していたと言う事であり、領地を攻撃されなければ防衛する必要もない。
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年貢の問題だけであり謀反を起こしたわけでもなく、攻撃を受けると言う危機感はさほど感じられないため、一揆として使った城だと関連付けるのは早計のように感じる。(地元の高尾氏など単独に近い状態で砦のように一部整備した可能性はある。)
交通アクセス
武蔵・網代城がある場所を当方のオリジナル地図にてポイントしている。
武蔵増戸駅から歩くと約2km、徒歩30分ほどで貴志嶋神社に到着できる。
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