和歌山県

紀伊・佐部城 佐部の戦いにて椎橋新左衛門が討死

紀伊・佐部城

紀伊・佐部城(さべ-じょう)は、和歌山県串本町下田原にある山城です。
標高は132m、比高は130m?と言う事で、別名を佐目城、秀田城とも言います。
最初の築城に関しては全く不詳です。





戦国時代には、新宮城主・堀内氏虎が熊野全域への勢力拡大を図り、南下するための足がかりとしていました。
そして、奥州から招いたとされる田村半之丞(田村半之亟藤原秀雅)が、戦国時代に築城(改修?)したと言われています。
国道42号に近いところにある宇佐八幡神社を勧請したのが、田村半之丞と伝わります。
田村半之丞(田村半之亟藤原秀雅)は、このように藤原姓を称したようですので、奥州・藤原氏の末柄や庶流などとも考えられますが、これ以上のことは不明です。

紀伊・佐部城

戦国の乱世には、堀内氏が太田荘を手に入れると家臣である椎橋新左衛門を紀伊・佐部城に派遣しました。
そして、堀内氏虎が古座浦の紀伊・虎城山城主である高河原貞盛高河原家盛を攻めると、 小山隆友と高河原氏は紀伊・佐部城を攻撃しています。
終始、堀内氏が有利だったようですが、新宮の永田直橋が高河原氏に協力したともあります。(詳細不明)
また、高川原氏の一族・浅利平六が鉄砲で狙撃して、椎橋新左衛門を討ち取って劣勢を覆し、約300名を討取って紀伊・佐部城を落としたとされます。(佐部の戦い)

紀伊・佐部城

これにより、太田川を境に領有が決したと言います。





紀伊・佐部城ですが、山頂にある主郭には石積みもあると言います。
しかし、紀伊・佐部城は、私有林であり登城するための山道も無く、当然、駐車場も無いとのことですので、登るのは控えさせて頂きました。

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