兵庫県

籾井城 籾井綱利(籾井教業) 青鬼として恐れられた猛将

籾井城

丹波・籾井城(もみい-じょう)は、丹波(兵庫県篠山市)の宿場町・福住の白尾山(標高394m)に築かれた比高150mの山城で、別名を安田城、福住城とも言います。
最初の築城も諸説ありますが、福住十五村の領主である籾井照綱が永正年間(1504年~1521年)に築いたとされます。
福住は亀岡から天引峠を越えたところで、古くは山陰道、江戸時代には京街道と呼ばれ、京都から山陰への交通の要所となっていました。





籾井氏は佐々木源氏流の一族で、波多野氏と姻戚関係にあり、室町幕府・足利将軍家に仕えた武家でした。

黒井城赤井直正が赤鬼と呼ばれたのに対して、籾井城の籾井越中守教業(籾井綱利?)は青鬼と言われており、八上城の波多野秀治を筆頭に割拠していました。
弟・籾井綱正と隠居した籾井綱重は安口城に入っていたようです。

戦国炎舞ではSSRカード、戦国IXAでは特カードの籾井教業(もみい-のりなり)は若いながらも勇猛果敢な武将で、1576年、18日間に及びましたが明智光秀の撃退に成功しています。
しかし、1577年には羽柴秀吉らの支援を受けた明智勢の大軍に攻撃を受けました。
籾井城主として明智勢を相手にしたのは籾井下野守綱利となりますが、猛将として知られる籾井越中守教業が最後の籾井城主ともされます。

籾井城

本明谷川付近で激戦となると敗れて、まだ20代であったとされる籾井綱利(籾井教業)は自刃しました。
その後、八上城も長期籠城のすえに波多野秀治は降伏しています。

籾井城

かなり荒れているように見えましたので、登城は断念しましたが、大堀切や土橋などもあるそうでして、籾井城跡公園として整備されていますが、地元の方もあまり訪れないようです。
下記が登城口となります。

籾井城

交通アクセスですが、電車などの公共交通機関では困難です。
登城口近くにある禅昌禅寺の駐車場をお借りすると良いみたいです。
見学所要時間ですが、本丸跡までは約20分くらいの模様です。

なお、山頂部は、太平洋戦争のとき、対空監視所が設けられたそうです。
八上城とセットでどうぞ。

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京都・大阪・奈良方面の史跡巡りに便利な地図

 

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