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本納城のちょこっと解説~黒熊景吉と言う謎の武将が本納城主

本納城

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本能城

本納城(ほんのうじょう)は千葉県茂原市本納にある標高63mの本城山(ほんじょうやま)一帯、比高40mほどの山城。
別名は竜之城、滝ノ城とも。

ちょっとした谷戸地形に蓮福寺があり、その奥の高台が本納城となっているので、武蔵・小山田城の構成に似ているか?
となると、鎌倉時代前後の築城であることも考えられるが、本納城の縄張りはなかなか広大だったようで、最初の築城としては文献などから戦国時代となっているようだ。


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最初の城主としては戦国時代の1529年で、軍記などによると24郷を支配したと言う黒熊景吉(黒熊大膳亮景吉)が本納城を築いたという。
黒熊景吉は安房里見氏に従っていたようで、対抗するため上総・土気城の酒井胤治は板倉砦を築き黒熊氏の備えにしたと言う。

1564年、第2次・国府台の戦いで里見義弘が北条氏康に敗れる。
このとき、土気城の酒井胤治は北条氏側であったが出陣しない事から忠義を疑われ、里見義弘に寝返ると、敗走する里見義弘を助けた。
そのため1565年から北条氏は何度も土気城の酒井胤治を攻撃したため、ついに酒井胤治も北条氏に臣従する。
このような経緯もあり、黒熊景吉(黒熊大膳亮景吉)は、この酒井胤治を攻撃する計画を立てたようで、それを知った上総・土気城の酒井胤治は、1569年(1561年とも)に本納城を急襲した。
不意を突かれた黒熊景吉は切腹・自害したと言う。

本納城

その後、本納城には大網城の土気酒井一門・板倉右衛門他2名が派遣された。
板倉甲斐守の名も本納城として見受けられる。
大網城主が板倉氏だが、この板倉甲斐守などは恐らく一族であろう。

本納城

1576年、同族である東金城酒井敏房による切り崩しにもあい、酒井胤治は北条氏に降伏。

蓮福寺は、1580年に土気城主・酒井康治が開基となり黒熊景吉の菩提を弔うために建立されたともされるため、館跡に建てたのかも知れない。


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1594年、上総国村高帳では本納村2800石とある。
蓮福寺から主郭まではよく整備されており登りやすい。

交通アクセス

本納城への行き方だが、JR外房線・本納駅より徒歩10分と近い。
蓮福寺の駐車場は広くて良いのだが、そこまで行く道路が狭くルートも限られるので注意。

駐車場がある場所を当方のオリジナル関東地図にてポイントしている。
スマホで表示して、目的地として選択し「ナビ開始」にすれば、カーナビ代わりにもなる。
自動車用、歩行用でもナビとしてお使い頂ける。
お気をつけて訪問して頂きたい。

このあとは上総・大椎城に向った。

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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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