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木曽義仲公館(木曽・旗挙八幡宮)~木曾義仲の屋敷跡

木曽義仲公館

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木曽義仲公館

木曽義仲公館(旗挙八幡宮)は、長野県木曽郡木曽町日義にある平城(館跡)。
最初の築城としては、平安時代末期で木曽義仲(源義仲)だと考えられるが、木曽の領主・中原兼遠が与えた可能性もあるだろう。

近くにある資料館の名称が「義仲館」のため、非常にややっこしくなっているが、木曽義仲の館跡が別の場所(そんなに遠くはないところ)にある。
明確に区分するため「木曽義仲公館」として明記したい。

木曽義仲公館

1155年、武蔵・大蔵合戦で父・源義賢が討死し、まだ2歳だった源義仲(駒王丸)は畠山重能・斎藤実盛らに助けられて木曽に逃れた。
そして、中原兼遠の養育を受け木曾義仲が元服したのは1166年で13歳のとき。
その際に屋敷を構えたと考えるのが妥当か?
旧中山道沿いにある。


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1180年、27歳の木曽義仲が以仁王の令旨を受けて挙兵した際には、屋敷脇にあった旗挙八幡宮にて戦勝祈願したという。
そして、信濃・依田城にて仲間を集めた。

交通アクセス

木曽義仲公館(旗挙八幡宮)への行き方ですが、神社境内に3台ほどの駐車スペースと公衆トイレあり。
電車の場合、JR宮ノ越駅から約1.1km、徒歩15分くらいの距離。

木曽義仲公館

駐車場の場所などは、当方のオリジナル地図「名古屋・北陸方面」にてポイントしている。
オリジナル地図「名古屋・北陸」方面
スマホ画面などで表示して「検索窓」から検索して、カーナビ設定することでも使用可能。(徒歩ナビとしても可能)

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城迷人たかだ

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高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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