愛媛県

伊予・鹿島城 村上海賊の一族が守り抜いた島

伊予・鹿島城

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伊予・鹿島城(かしまじょう)は愛媛県松山市北条にある伊予・北条港の400m沖(瀬戸内海)に浮かぶ鹿島に築かれている海の上の島にある城であり、加島城とも書きます。
最長部の標高が114mあり、来島城よりも堅固です。

最初の築城は、建武年間(1334年~1338年)に風早郡那賀郷の地頭職・今岡四郎通任であるともされるが、定かではありません。
1570年頃の鹿島城主は二神豊前守で「河野家譜」では手勢五騎、旗本十六、軍旗船五隻とあります。
その後、村上海賊の一族である徳居通幸が城主となりました。

1582年には、豊臣勢の総攻撃を受けていますが、得居通幸は見事に鹿島城を守り抜き、1583年8月以降は鹿島城への攻撃が止んだようです。


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北条港から「渡船かしま」が20分~30分間隔で運行されており、片道210円、約3分の船旅で渡れ、鹿島城のハイキングコースを楽しむこともできます。
また、夏闇などには周遊船の運行もあります。
下記地図のポイント地点は、鹿島へ渡る鹿島渡船の駐車場。
駐車場代と運転手1名の往復がついて510円です。

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城迷人たかだ

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高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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