秋田県

出羽・滝沢城 滝沢春永(滝沢又五郎春永) 滝沢政道(滝沢刑部少輔政道)

出羽・滝沢城




出羽・滝沢城(たきざわ-じょう)は、秋田県由利本荘市前郷にある平山城です。

由利十二頭のひとりである滝沢氏が前郷を本拠としました。
先祖は由利氏を称した由利維平ともされますが、諸説あり、憶測の域を脱しません。

戦国時代になると、1575年、滝沢氏は矢島氏から攻撃を受けて、滝沢城主・滝沢政家らめ多くの家臣が討死しました。





そのため、滝沢政家の一子は最上義光のもとへ逃れて最上家に仕えたともあります。
しかし、1560年に、館を小菅野に移し、翌年には米山に移したもあり、復帰したのが、別の滝沢一族がかろうじて守っていたとも推測できます。

出羽・滝沢城

このように終始、出羽・矢島城矢島満安と敵対したため、仁賀保氏と組みました。

1590年、小田原攻めの際に、由利十二頭らと豊臣秀吉のもとに参じると、滝沢春永(滝沢又五郎春永)が2200石の所領を安堵されています。

1600年、関ケ原の戦いのあと、小介川氏の小介川信濃守や岩屋朝繁と争いとなり、滝沢春永(滝沢又五郎春永)は由利郡を領有した山形城主の最上義光に助けを求めたようです。
ただし、滝沢又五郎は1594年に、兄の滝沢政家と共に矢島氏に討たれたともありますので、これまたよくわかりません。
もしかしたら、滝沢又五郎なる武将は親子など2人いたとも考えられます。

その後、滝沢政道(滝沢刑部少輔政道)なる武将が1万石を認められて、1603年に改めて滝沢城を築城(大改修)しました。

出羽・滝沢城

昔の滝沢城じたいはどこにあったのか、よくわかっていないようですので、新城であった可能性もあります。
由利の実務を担当した最上家の日野光久が縄張りを行い、最上十六城のひとつになりました。
内堀と外堀と二重の水堀が巡らされており、更に外周は土塁で囲んだようです。

弟・滝沢政範(瀧澤兵庫頭)と2代続きますが、1622年に最上家は改易され、滝沢氏も所領没収となり、本荘城や滝沢城は廃城になりました。
滝沢政範は浪人し、のち本荘藩・六郷氏の家臣になったと伝わります。





交通アクセスですが、由利高原鉄道の前郷駅から約500m、徒歩7分ほどと便利です。
駐車場ですが、水堀の脇に駐車スペースがありましたが、道は狭いです。

出羽・滝沢城

出羽・八森城(矢島城) 矢島満安(矢島五郎満安)
本荘城 楯岡満茂が整備した由利の一大拠点

 

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