品川台場とは
東京のお台場にある「品川台場」(品川砲台)も続日本100名城になったため、訪問してみました。
幕末の1853年6月、ペリー提督が率いるアメリカ海軍の艦隊4隻が浦賀に来航します。
またペリー提督が日本に来た際に、黒船が江戸の街に接近すると、大混乱になると考えた江戸幕府は、品川沖に11基の砲台(台場)の設置工事を開始しました。
遠浅である海に土を大量に入れて人工島を作ると言う大変な工事です。
千葉や八王子付近などから5000本の木材が切り出されて、石材は伊豆や相模など海沿いの町から船で運搬し、埋め立て用の土は八ツ山や御殿山を崩して運びました。
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堡塁や塹壕、胸壁などを設置し、火薬庫・番屋なども置かれました。
その名残りで、今ではフジテレビ本社ビルなどもあり、東京な有名スポットになっていますが「お台場」と呼ばれる由縁です。
幕府が造ったものですので、台場に「御」がついて御台場と言う事ですね。
1854年の4月には品川第一台場と第三台場が完成しました。
12月には第五台場と第六台場も完成しています。
しかし、第四台場と第七台場は財政難などにより建設途中で工事は中止されました。
残りは着工前に中止が決定しています。
ともあれ、ペリーは約1年後に再来航しましたが、品川沖まで進むも、品川台場に気が付いたのか、横浜まで引き返しています。
現在は第三台場と第六台場の2つが現存しており、国の史跡に指定されています。
そのうち、忍藩が工事を担当した第3台場は、台場公園として陸続きになっており、無料で見学することが可能です。
第6台場は、周りが海ですので、立ち入ることはできません。
また、品川台場として、続日本100名城にも選定されました。
レインボーブリッジのすぐ脇にあり、無料で歩けるレインボーブリッジの南側歩道に行けば、高い位置からも見ることが可能です。
なお、外国船を打ち払うための台場は品川だけでなく、江戸幕府としては、函館の弁天台場や大阪にも築いています。
また、諸藩も独自に砲台を築くなどし、日本全国に作られました。
最寄りの駐車場
有料駐車場は下記の地図ポイント地点となります。
最初の2時間600円でした。
続日本100名城スタンプ設置場所ですが、通常はシャワー室などがあるマリンハウスとなります。
ただし、台場公園でイベントなどが開催される場合には、お台場海浜公園管理事務所に変更となる場合がありますので、現地にてご確認願います。
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