鹿児島県

赤木名城~奄美大島を代表する城跡が国史跡にもなった

赤木名城

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赤木名城(あかきなじょう)は、鹿児島県奄美市笠利町(奄美群島・奄美大島)にある城跡で、江戸時代に薩摩藩が代官所も置いたいましたが、赤木名城は山城で、2009年に国史跡に指定されています。
最初に築城されたのは西暦1100年頃で、比較的小規模の城の多い奄美大島では、代表する大規模なグスク(城)になっています。

赤木名城

年間を通して枯れることがない湧水も山麓にあるそうですが、ここに城があったと分かったのも1999年頃と、最近のことになります。
赤木名城跡(赤木名グスク)の本丸は標高100.8mです。
秋葉神社があるところが、登城路のひとつらしく、結構な登坂となるようですが、今回、残念ながら駐車場が見つかりませんでしたと言うより、そもそも駐車場は無いようです。

駐車禁止でない道路に止めて向かっても良かったのですが、何かあった際に、消防自動車の走行を妨げてしまうような狭い道しかなかったので、訪問はあきらめました。
奄美大島は、ハブも出ますしね。


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しかし、赤木名城には3つの「堀切」や「郭」などあり、日本の中世山城とほとんど同じ構造だそうです。
また、山頂部部に付近には南北22m・東西13mの曲輪があり、周囲には土塁と石積みが存在することから、その場所が主郭だと考えられているそうです。
すなわち、堀切など見られない沖縄諸島にあるような大型城塞グスクとは、異なる形態の大型城郭と言う事なので、琉球王朝の手が伸びていた地域ととしては、異色な城跡と言えるでしょう。

喜瀬の浦城跡、浦上城跡(有盛神社)にも同様に「堀切」が見られるそうです。

赤木名城は1600年頃まで使われていたようですので、最終的には戦国時代の頃、すなわち江戸初期の薩摩藩侵攻が行われた際に、改修された可能性もあります。
しかし、誰が城主だったのかなどは、文献が残っておらず不明です。

奄美大島は、普通の神社でも、結構荒れているところが多く、国の史跡に指定されるほど貴重な赤木名城に関しても、管理・保護が問題となっているようです。

もし、登城されるようであれば、夏はハブも活発ですので、冬季に、軽登山の装備(トレッキングポールなど)を持参すると良いかと存じます。

日本式の遺構となっていることから、グスクと言うよりは「城」(しろ)と呼んだ方が良いでしょう。

奄美大島に関しては、下記でもご紹介していますので、合わせてご高覧賜りますと幸いです。

薩摩藩による奄美大島侵攻と本仮屋(代官所)跡~赤木名城も


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城迷人たかだ

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(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査している研究家です。
日本全国に出張して城郭も取材させて頂いております。
資格は国内旅行地理検定2級、小型船舶操縦士1級など。

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