尾張・長尾城の解説~荘官から地頭・そして滅亡
尾張・長尾城とは長尾城(ながお-じょう)は現在の愛知県知多郡武豊町にあった平城です。武豊町の前身である武豊村は、明治11年(1878年)長尾村と大足村が合併して成立した物で、長尾村の産土神である武雄神社と、大足村の産土神である豊石神…
大洲城の解説【日本100名城】四重四層の復元天守で蘇った伊予の名城(地蔵ヶ嶽城)
大洲城とは大洲城(おおずじょう)は、小生のスマホアプリで計測したところ、標高約43m、比高33mの平山城で、1331年である鎌倉時代末期の守護職・伊予宇都宮家の宇都宮豊房が築城したとされます。別名は地蔵ヶ嶽城、比志城、大津城で、…
備後・三原城【続日本100名城】小早川家が築城した本格的な水軍城
備後・三原城とは備後・三原城(みはらじょう)は、広島県三原市城町にある小早川隆景が1567年頃から築城を開始した梯郭式平城で、浮城、玉壺城とも呼ばれます。この場所には、小さな島や沼田川の中州があったようで、それらを活かして、三原…














